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横浜地方裁判所 昭和35年(レ)90号 判決 1961年11月08日

控訴人 宗教法人大宝寺

被控訴人 吉田寛

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決を取消す。本件につき鎌倉簡易裁判所が昭和三十五年六月十七日になした仮処分決定を取消す。被控訴人の本件仮処分命令申請を却下する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は主文と同旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張、証拠の提出、援用、認告は、被控訴代理人において、

一、仮に本件土地が現在鎌倉市の道路だつたとすれば控訴人は同市において本件土地を道路として使用しうる状態においたときに一市民として通行しうるにすぎず、自ら本件土地上の障害物を除去し、道路を造成する権限を有するものでないから、原決定に対して異議の申立をなす適格がない。

二、かりに本件土地がかつて道路として使用されていたとしても、その後黙示的な公用廃止があつたものである。

すなわち、関東大震災の際に本件土地の東南側の延長先に崖崩れがあつてから、本件土地は道路として使用されることなく廃道と化し、市当局も以後道路として維持管理せず、そのままに四十年近く放置していたのである。したがつて本件土地については黙示的に公用廃止が為されたものである。

三、かりに右主張が理由がないとしても、本件土地は道路敷及び水路敷のほか別紙添付図面表示の通り廃土堤敷をも含み、右廃土堤敷及び水路敷の部分はいずれも普通財産であるから少くとも右各部分につき被控訴人の占有権は成立しているものである。

四、なお、本件土地は前賃借人たる訴外西村光夫が控訴人から賃借地の一部として賃借したものであり、被控訴人は西村の借地権を承継したものであるから、控訴人において自己の都合が生じたからといつて、今日に至り前言を翻し、右土地は賃貸地に含まれないと主張することは禁反言の原則に反し許されない。

と述べ、控訴代理人において、

一、従来の(原判決第五枚表五行目から六行目)「本件土地は一二四〇番の四の一部であつて右範囲外である。右地番は宅地ではなく鎌倉市所有の廃土堤敷であり」との主張を「本件土地は右賃借地の南西側に沿つて存在する鎌倉市所有の道路並びに水路敷であつて、その範囲外のものであり」と訂正する。

二、控訴人は原決定の債務者であり、右決定に対し利害関係を有するから、当然異議申立の適格を有するものである。

三、本件土地は鎌倉市の占有管理する道路並びに水路敷であり、控訴人が之等の通行使用を為しうることは、鎌倉市に対する公法上の法律関係に基くものであるにもかかわらず、之を控訴人との間の私法上の権利関係と混同し、被控訴人の本件仮処分申請を認容した原決定並びに原判決は取消さるべきものである。

四、仮処分異議事件における審理の対象は仮処分の申請中仮処分の決定により集約的に具現された範囲に限られるところ、本件仮処分申請は被控訴人が控訴人から賃借して使用してきた本件土地につき控訴人がその占有を妨害したことを原因事実とするものであり、原決定は右事実を認容してなされたものであるが、本件土地は原判決認定のとおり鎌倉市の所有地であつて控訴人の所有ではなく、又被控訴人の賃借地でもないから、右申請はその原因事実を欠くものであつて却下さるべく、原決定は取消さるべきものである。

五、(一) 本件土地につき黙示の公用廃止があつたことは否認する。関東大震災により本件土地の東南方遙かの延長先において二箇所に亘つて破損があつたことは認めるが、右はいずれも僅少部分であり、しかも右破損のために之と一連の本件道路部分までも公用廃止になつたものと解すべき根拠はない。

(二) 本件土地のうち道路敷部分は道路としての公用が開始され、その後公用廃止の意思表示がないものであり、またその水路敷部分は右道路敷部分と同様鎌倉市がこれを所有し、その占有管理の下にある。したがつて一私人たる被控訴人の占有権が本件土地上に成立する余地がない。

六、被控訴人主張の廃土堤敷部分が普通財産であることは認めるが右廃土堤敷部分は本件土地の範囲外である。本件土地中水路敷部分が普通財産であることは否認する。

と述べ、

証拠として、被控訴代理人は疎甲第五号証の一、二(写)、第六号証の一乃至三、(第七号証は提出しない)、第八号証(写)を提出し、後記乙号各証の成立を認め、控訴代理人は疎乙第八乃至第十号証を提出し、前記甲号証中第五号証の二は不知、その余の甲号各証の成立(第八号証は原本の存在及びその成立)は認めると述べた外は原判決事実摘示と同一であるからここにこれを引用する。

理由

一、被控訴人はその主張の理由により控訴人は本件異議申立をなしうる適格を欠く旨主張するけれども民事訴訟法第七百五十六条により仮処分事件につき準用される同法第七百四十四条にいう債務者とは、仮処分命令により直接作為又は不作為の遵守を強制され、その義務を負担する仮処分の当事者、すなわち、仮処分債務者をいうものと解すべきであるから、本件においては仮処分決定に債務者として表示された控訴人が之に該当することは明かであり、したがつて控訴人は前記法条により原仮処分決定につき適法に異議申立を為しうることは明かである。仮に、被控訴人主張の事実があつたとしても、右解釈に変更を来すことはないから、この点に関する被控訴人の主張はその余の判断を為すまでもなく採用することはできない。

二、次に、控訴人は本件の審判の対象はその主張の理由に基き、被控訴人が本件土地上に賃借権を有することを前提とし、控訴人が、右賃借権に基く被控訴人の本件土地に対する占有を妨害したとの事実に限定されるから、被控訴人が右土地につき賃借権を有することにつき疎明がない以上本件申請は却下さるべきである旨主張するが、仮処分命令に対する異議においては仮処分命令の申請の当否を審判の対象とするものと解すべきところ、本件仮処分命令の申請は被控訴人の本件土地に対する占有権を被保全権利とするものであるから之と異る見解の下になす控訴人の主張は之を採用することはできない。

三、成立に争がない疎甲第一号証の三、第三号証の二、第四号証の一乃至四、同疎乙第一、第二、第八、第十号証、原審における被控訴人本人尋問の結果により成立を認めうる疎甲第三号証の一、原審証人小林信明(後記措信しない部分を除く)、同竹内潔、同西村光夫の各証言及び原審における被控訴人本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨を総合すれば、申請外西村光夫は昭和三年頃被控訴人(当時の代表者は小泉本我であつた)から千二百四十番の宅地二百八十坪八合二勺のうち二百二十九坪五合を賃借したが、その際借地の範囲は南側は山の際まで、東側は崖の縁までと指示されたので、本件土地は当然に右賃借地内にあるものと信じたこと、その頃本件土地の南東端に右賃借地の南東側に続けて四つ目垣を設置し、同地上に芭蕉、小杉、草花等を植えて右賃借地とともにこれを支配管理し、被控訴人は昭和十四年七月頃右西村から右借地の借地権を譲受けるとともに本件土地の支配管理をも引き継いで現在に至つたこと、ところが本件土地はもと鎌倉市大町千二百三十六番の一、二、同町千二百四十二番の二、同町千二百四十番の四、同町千二百四十番の各土地の南西側に沿つて南東から北西に通じる鎌倉市(市となる前は鎌倉町)所有の道路敷及び水路敷の一部であり、一般公衆の通行、排水等の用に供されていたが、右水路敷部分はその延長部分とともに巾約二尺で右道路敷及びその延長部分に沿つて設置してあり、右道路敷及びその延長部分の排水施設としての効用をもつものであり、その効用、規模並びに構造よりみれば右道路敷と一体をなすものであつたこと(廃土堤敷部分は先に認定のとおり本件土地には含まれないし、原決定も同部分をその対象としていない)したがつて、控訴人は右土地を西村に貸与する権限を有せず、西村の借地権は右土地に及ばなかつたので、西村からその借地権を承継した被控訴人もまた本件土地については借地権を取得することはなかつたこと、尤も、関東大震災のときに本件土地の南東方の大町千二百三十六番の二の土地に崖崩れがあり、そのため本件土地を通行することは著るしく困難な状態となり、以後そのまま放置され、現在に至るまで市において維持管理らしいことすら為されなかつたので、雑草が生茂り、道路及び水路の痕跡は殆ど失われてしまい、又昭和三十五年頃までは控訴人においても市においても被控訴人の右支配管理に対しなんら異議を述べたことがなかつたのに、控訴人は昭和三十五年頃右賃借地の南東側に隣接する千二百四十番の四の土地と控訴人所有の北西側の千二百四十一番の(イ)の土地(地目現況ともに山林であつたところ控訴人においてこれを宅地化するための工事を進行中であつた)を結ぶ道路をつくるため被控訴人の承諾をうることなく、本件土地の南東端の四つ目垣を破壊したことがそれぞれ疎明される。

ところで本件土地は市有のものであり、道路として公共の用に供せられていたものであることは先に認定した通りであるが、かような土地についても絶対に私権が排除されると解すべきではなく、公共の用途又は目的を害しない限り、私権の認容される余地があるものと解すべきであり、又、占有権は現実に物の支配をしているものに対し、そのものの事実的支配という外形的事実を尊重し、之を、その本権の存否とは別に或程度の法律的保護を与え、之により社会の秩序の維持をはかろうとする制度である。そして、本件土地のように道路としての使用が不可能となつて以来約四十年を経過し、この間市においてはその維持管理を怠り、事実上殆ど廃道と化していたような場合には、特に公用廃止をまつまでもなく、右土地は市の現実の支配、すなわち占有を離脱したものということができるからかような土地について事実上の支配をなすものは私法上占有権を取得するものと解するのが相当である。そして、被控訴人が右土地を自己の為にする意思を以て事実上支配していることは前記事実により明かであるから、被控訴人は右土地につき占有権を取得したものというべきである。

以上の事実によれば本件土地につき明示又は黙示の公用廃止の成否を判断するまでもなく控訴人がその意図する道路工事遂行のため前記四つ垣を破壊し、被控訴人の右土地に対する占有を侵害したものというべきであり、控訴人において右工事を続行するおそれは差迫つた状態にあるということができるから、被控訴人の右土地の占有に対する控訴人の侵害を防止するためには本件仮処分の必要があることを一応認めることができる。したがつて原決定を認可した原判決は相当であり、本件控訴は理由がないから、之を棄却すべきである。

よつて民事訴訟法第三百八十四条、第九十五条、第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 松尾巖 三和田大士 鈴木健嗣朗)

図<省略>

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